【中編】マゴットセラピーとの出会いと臨床研究
- 一人の患者が身をもって医療用ウジ虫の可能性を教えてくれた。
- マゴットセラピーを行った患者は、従来の治療を継続した場合に比べ、創傷治癒の割合は2.26倍であった。
- 医療従事者や患者の忌避感を解決するには、効果を実質的に証明する。
私とマゴットセラピーと出会いは、2015年の夏に治療した一人の患者から生まれました。その方は、73歳の男性であり、妻が入所している施設につたい歩きで会いに通っていました。彼は私と出会う4年前に劇症型心筋炎と急性心不全を発症し、生死をさまよった末に生き抜いた強者でしたが、その後、左室駆出分画が18.4%となり、2014年の4月から足趾に進行性の壊死を認めました。我々が全身全霊で現行の治療を行っても壊死の進行が止まらず、誰もが大切断(膝や太腿で足を切断すること)を脳裏に浮かべた時、彼はどうしても切断はしたくないと言いました。そして、当時のスタッフで熟考し、藁にもすがる思いで頼ったのがマゴットセラピーでした。最初は半信半疑でしたが、その効果は目覚ましく、最終的には救肢(切断せずに足を救うこと)に成功し、歩行器を用いた歩行が可能となり退院しました。その後、私は多くの足壊疽の患者でマゴットの有用性を目の当たりにし、臨床試験でその効果を評価したいと考えました。彼は退院した1年半後に亡くなりましたが、リハビリ中のその方の笑顔は、傷をきれいに治すことに対する私のモチベーションを、今でも支えてくれています。
我々が行った臨床研究は、2013年1月から2016年10月までに新東京病院(形成外科)で重症下肢虚血の患者で、傷の治りが悪い39症例(39患肢)を対象としました。マゴットセラピーを行う前には、全症例で血管内治療(足の血流を改善させる治療)を行いました。臨床研究の結果、マゴットセラピーを行った患者は、従来の治療を継続した場合に比べ、創傷治癒の割合は2.26倍、下肢切断を行わずに1年間生存する割合は1.51倍でした(表1)。そして、単純に計算すると本来、下肢の大切断に至る可能性が高い患者の45.3%が救肢できたことになります。もちろん、この結果が、全ての患者や施設に適応されるわけではないですが、マゴットセラピーにはそれだけの可能性が秘められていると言えます。
一方で、マゴットセラピーはその特性から、医療従事者が忌避感を表す場合があり、それは当然とも言えます。その為、より多くの患者へ治療を提供する為には、治療を提供する側のそのような感情を上回る動機付けが必要でした。それには、“既存の治療では救えない患者の足を我々が救済する!”という強い信念を掲げ、患者の治療経過や感想を適宜、スタッフにフィードバックする必要があります。医療に従事する者は、少しでも患者にとってよい治療を提供したいと考えており、マゴットセラピーが他の治療法に比べ本当に有効であれば、自ずと物質的な抵抗感は排除されていきました。実際に臨床研究を行った施設でも最初は消極的なスタッフもいましたが、マゴットセラピーの効果を目の当たりにし、かつ学会や論文で自分達の取り組みが報告されていくことで、現在では皆が協力的に取り組んでくれています。ただ、発表や論文による治療法の報告は、本件に関わらず、一人の医療従者として、日本や世界の健康寿命の延長の為に必要なことだと考えています。