【前編】難治性(治りにくい)の足潰瘍とマゴットセラピー(ウジ虫治療)
- “肌の美と健康”と“創傷治癒”は極めて深い関係にある。
- 動脈硬化や糖尿病による足の壊死により、足切断の患者数が増えている。
- マゴットセラピー(ウジ虫治療)とは、治りにくいキズに、生きた無菌性の医療用ウジ虫を使う治療法である。
- マゴットセラピーの利点は、①効率的なデブリードマン、②抗菌作用、③肉芽増生作用である。
私は、“肌の美と健康”と“創傷治癒(キズがどの様に治っていくか)”は極めて深い関係にあると考えています。なぜなら、肌のアンチエイジング作用が期待される成分のほぼ全てが、キズが治る過程で細胞から放出される成分だからです(別ブログで詳記します)。その為、肌の美と健康を扱うにあたり、創傷治癒の知識は必須と考えます。我々はキズを綺麗に治す専門医として、これまで活動してきました。今回は、その取り組みの一つを紹介したいと思います。少しグロテスクですので、あまり得意でない方は添付写真閲覧しないで下さい。
タイトルにある、マゴットセラピー(ウジ虫治療)とは生きた無菌性の医療用ウジ虫(以下マゴット)を用いた慢性感染性創傷(治りにくく、感染した傷)に対する治療法です。傷にウジ虫が湧く様子は中沢啓治氏の“はだしのゲン”にも登場しており、一般の方も、“腐った傷にはウジ虫が湧く”ことは何となくイメージできるでしょう。そして、この生態を利用・応用したのがマゴットセラピーです。
さて、近年、糖尿病性足潰瘍の為に世界のどこかで30秒に1本、下肢が切断されていることをご存知でしょうか。米国においては、年間8万2,000人が糖尿病末梢神経障害で下肢を切断しています。もちろん本邦も例外ではありません。糖尿病の患者数は2014年の時点で約316万6,000人と過去最高となり、2016年には“糖尿病が強く疑われる者”の割合が12.1%(約1,536万人)でした。そして、本邦の糖尿病性足潰瘍の発生率は0.3%(約45,080人)、切断数は0.05%(約7,680人)と概算されています。これらの数値に動脈硬化性の重症下肢虚血を加えると切断される足の割合はさらに上昇します。実際、足壊疽により切断に至る患者数は年々増加しており、その結果、本人の生活の質が低下するのみならず、家族を始めとした患者を取り巻く人達の体力的・精神的・経済的負担も悪化しているのが現状です。
難治性潰瘍(治りにくいキズ)は、一見、創部のみに原因がある様に見えますが、本態は全身性の疾患であり、その治療は栄養を始めとする全身管理と綿密な局所管理が必要となるので、治療に難渋することが多いです。特に創部においては、TIME理論(T:tissue non-viable or deficient, I:infection or inflammation, M:moisture imbalance, E:edge of wound-non advancing or undermined epidermal margin)が複雑に関連しており、4項目それぞれに対処することが適切な創面環境調整(Wound bed preparation)を実行する必要があります。しかし現在、これらに同時に対応する医薬品や医療機器はありません。その為、我々は創傷管理の際に、外科・内科的あるいは保存的治療を複合して治療戦略を立てる必要があり、治癒の遷延や医療費の上昇、入院の長期化などの課題に直面しています。
マゴットセラピーは、古代マヤ文明、ビルマの民間療法として以前から認知されており、1931年にBearが慢性骨髄炎に対して用いたのが最初の文献的報告です。本邦においては、沖縄戦線に出動した軍医の記載に、“負傷者の傷口に発生するウジは、一見極めて非衛生のようであるが、実は化膿防止に大きな役割を果たしている。(中略)ウジは傷口の肉を蚕食する。したがってその部分は傷口が常に開放されており、そこから膿が排除されるため化膿をふせぐ”とあり、経験的にマゴット治療の有効性を認識していたことがわかります。その後、抗生剤の普及や手術手技の発達によって次第に廃れていきましたが、多剤耐性菌(抗生剤が効きにくい菌)の出現や糖尿病・動脈硬化などによる難治性潰瘍(治りにくい傷)の増加で近年再び脚光を浴びるようになりました。マゴットセラピーはアメリカ食品医薬品局(FDA)に認可されている治療法であり、本邦では2004年に三井らによって初めて行われています。
マゴットセラピーの利点は、主に3つ挙げられます。1つ目は選択的・効率的なデブリードマン作用です。マゴットは壊死組織と正常組織との境界が不明瞭な創部であっても、壊死組織のみを貪食・融解することが可能です。なので、ウジ虫は腐った傷に沸くのです。2つ目は抗菌作用です。マゴットは生体内・体外で殺菌作用があります。体内では前腸、中腸、後腸と順次消化活動を行う過程で殺菌をします。体外では、分泌物中に含まれる抗菌ペプチドがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌を含むグラム陽性球菌に有用とされていています。その為、長期入院や免疫力の低下を伴い、高頻度で多剤耐性菌の検出を伴う患者では良い適応となります。3つ目は肉芽組織の形成促進作用です。この分野に関しては、マゴットの分泌物中のセリンプロテアーゼが線維芽細胞の遊走を活性化させるなど、いくつか報告されていますが、機序の全容は未だ解明されていません。いずれにせよ、これらの効用を同時に担うマゴットは、“世界最小クラスの医療用外科デバイス(マイクロマシン)”であると言えます(図1)。